甘えたいのに甘えられないのは
なぜだろう。
たぶんそこに、許しがないからかも
しれないね。
お互いに許しあうこと。
お互いの違いを認めること。
それができたら、お互いの違いを
受け入れて許容することができるのでは
ないだろうか。
いったん、離れること。
距離を置くこと。
そうして初めて見えてくるものもある。
とはいえ、理想と現実はかけ離れてる
場合もあって、お互いが同じ理想を
求めているかといえばそうでもないの
だろうけど。
相手を刺激せず、様子を伺うことは
相手がどんなタイプの人間かということ
を知るうえで大事なことだと思う。
執着や依存はいやだと思っていても
発生するときは発生してしまうので
無理に抵抗するのは少し違うんじゃない
かなと私は思っている。
むしろ、そういう気持ちは尊重して
あげてもいいんじゃないかと思うことも
ある。
なんらかの感情が発生すること自体
ほんとはとても貴重なことなのかも
しれない。
他人や、できごとをとおしてでないと
そういった感情を味わうことはないの
ではなかろうか。
ひとりでいると、そういった感情に
支配されることは少ないように思う。
他人とリンクすることによって、己の
感情が見えてくるようになっている
のかもしれない。
人と関わるのが好きな人たちは、
そういった感情体験を味わいたくて
人と触れ合ったりしているのだろうか。
そういった感情を感じあうことが
人との交わりをとおして得られるもの
だったりするのだろうか。
わたしは理論でなんでも片付けようと
してしまうところがあるので
そういう情的なものがわからずにいた。
そして、そういうものに対して嫌悪感を
抱いていたりもした。
正直、どろっとしたものをあまり
感じないようにつとめてきたのかも
しれない。
しかし、最近はそういったところに
わたしが知る余地のある世界が広がって
いるのかもしれないと感じるように
なっていた。
だから、そういう部分を周りの人たち
から気づいてほしいと諭されていたの
かも?
なんだ、いまごろ気づいてしまった。笑
わたしにはこのアウトプット方は
とても大事なことなんじゃないか?
理論や理屈と、感情的なものは
やはり違っていてわたしはほとんど
前者の方を優先してきたタイプなのだと
思うが、両方の視点から物事を見れる
ようになるともっと自分の幅が広がる
のかもしれない。
わたしは、そういった部分をこれから
学んでいかないといけないのかも
しれないな。
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